フランス在住の作家・辻仁成による最新刊『父ちゃんの料理教室 』が、5月23日(日)株式会社 大和書房より発売されます。
シングルファーザーとして小学生だった息子を高校生まで育て上げた作家の辻仁成。辻はパリのロックダウン下、先が見通せず、不安な日々を送る中で、息子に料理をすることを提案。そしてキッチンで、息子のための料理教室を開催。一緒に日々の料理を作ることが、息子との大切なコミュニケーションとなっていきました。
本書は、そんな辻家の父と子の会話を通して、食べることの素晴らしさと奥深さを伝える料理書です。なぜ料理をするのか、美味しさの秘密はどこにあるのか。作る上でのコツやポイント、時には生き方指南もまじえながら、熱く、丁寧に、料理の作り方をレクチャーしていきます。
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(本文より)
あのね、なぜ生きるのはこんなに大変なんだろうって、思うことあるだろ? 君のように若い人間であっても、もっと幼い子であろうと、あるいはパパよりもうんと年配の人でも、実に、生きるのは面倒なことの連続なんだな。
パパがなんで料理をするのかというと、料理をしていると嫌なことを忘れられるからだ。ついでに美味しいものが出来るからね。完成した時はうれしいし、君が食べてる姿を見ていると、よかったな、と思えて幸福になる。つまり、嫌なことを回避するのにキッチンは最適な場所なんだよ。 もっと言えば、パパはキッチンが好きだ。
キッチンにいると小言も出ないし、キッチンで料理している時は美味しいものを作るという目的があるから、気力が湧いて、しゃんとなる。ぐずぐずしてはいられないし……。わかる? ここは台所だが、同時に、心を安らげるのに最適な場所でもある。
君に料理を教えたいと思ったのは、人生の逃げ場所をひとつ作ってやりたかったからだ。辛い時はいつでもここに逃げて来い。つまりだな、キッチンは裏切らないんだよ。
パパは昔、誹謗中傷を受けたことがあった。ボコボコにやられたことがあった。味方は少なかったし、君を育てないとならなかった。その時、パパを救ったのが、他でもないキッチンだった。余計な事を考えている暇はないし、暇を持て余したやつらの批判に振り回されているわけにもいかないからな。親というのはそういうものだ。親は子供に弱音を見せるわけにはいかない。
パパはシングルファザーになった時、毎朝、必ず米を研いだ。覚えているかな? 昔住んでいたアパルトマンのキッチンにもここと同じような窓があったろ? パパはそこから空を見上げて米を研いだ。白く濁った冷たい水の中に手を入れて、ゴシゴシ米を研ぎながら、負けないぞ、と自分に言い聞かせていた。
負けないぞ、がそのうち、美味しくするぞ、になっていった。どんなに寒い冬の真っ暗な朝であろうと、パパは小さな窓から暗い空を見上げて米を研ぎ続けた。それが、生きるということだ。生きるということをここで教えられた。悔しさや後悔や悲しみを、パパはキッチンで払いのけた。
ある日、気がついた。キッチンはパパにとって道場のような場所なんだってことにね。
(「フランス風いかめし」より一部抜粋)
【目次】
フランス風イカめし/チキンときのこのクリームソース/クロックマダム/ラモンおじさんのスパニッシュ・オムレツ/牛肉のタリアータ/じゃがいもとベーコンのタルティフレット/鶏もも肉のトマト煮込み/チキンピカタ/中華風蒸し魚/ラタトゥイユ/スモークサーモンとほうれん草のパスタ/ボロネーゼ/ボンゴレ・ビアンコ/他
あとがきにかえて
【タイトル】父ちゃんの料理教室
【著者】辻仁成
【発売日】2021年5月21日
【定価】1,500円+税
【判型・ページ数】A5・144ページ
【ISBN】99784479393658
【発行】株式会社大和書房
<辻仁成 略歴>
作家。1989年『ピアニシモ』で第13回すばる文学賞を受賞。97年『海峡の光』で第116回芥川賞、99年『白仏』の仏語版「Le Bouddha blanc」でフランスの代表的な文学賞であるフェミナ賞の外国小説賞を日本人として唯一受賞。『十年後の恋』『真夜中の子供』『なぜ、生きているのかと考えてみるのが今かもしれない』『父 Mon Pere』他、著書多数。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野でも幅広く活動。現在パリで17歳の息子と二人暮らし。