6月1日は、広空(ひろたか)の11才の誕生日だ。
三鷹に越してきて、3年の月日が流れた。
オレの勝手な都合で、2度転校を繰り返し、
「もう学校を移るのはこりごりだよ」
そんな本音をポロリともらす息子だったが、やっと仲の良い友達もできた。
明日は、友達を招いて誕生パーティを催す予定だ。
この機会に、今夜ここで懺悔させて頂く。
ほんとうのお前の名前は「広空(ひろたか)」と書いて、
「ケムール人」と読む事を…。
ヒロタカが生まれた当時、キリングセンスはラジオ番組を持っていた。
若手お笑い芸人を試す実験的なものであったが、れっきとしたレギュラーだった。
もちろん、オレたちも、チャンス到来と力が入っていた。
ちょうどこの時、カミさんが妊娠中。
オレは、軽いノリで子供の名付け親を募集したのだった。
しかし、この軽いノリというのがクセモノだった。
バラエティの恐ろしいところは、軽いノリがエスカレートするほど面白くなることだった…。
実際、相方の河崎さんは、この番組で企画した「お嫁さん募集」がきっかけで、結婚までしてしまった。
当然のことながら、募集に集まったのは、とても人の子の名前とは言えないしろものばかりだ。
「ぽち」とか「ピヨちゃん」ならまだよかった。
一応は、動物として認知されるであろうから。
いつのまにか、
「麺打ち太郎」に「餅つき次郎」、あげくのはてには「ごろねスコープDX」
誰が、アイデア商品の製品名を募集するといった!
最終的には、いくつか候補をあげて、その中から抽選で決定された。
その名前が「ケムール人」だった。
さりげなく、正人の、人の一字をとっているところが、なんとも憎らしい。
名前が決まったわけで、ここでコーナーはめでたく終了のはずだった。
しかし、このまま終わっては、面白くもなんともないのである。
番組のノリとしては、ごく当然のようにエスカレートしていく。
オレが区役所へ「ケムール人」と届け出るのを、最後まで見届けるという。
それは、よけいなお世話であった。
ラジオのスタッフと渋谷区役所で待ち合わせ。
やらせも仕込みもなし、オレのバッグには隠しマイクが潜んでいた。
出生届けの窓口に向かう。
「すいません。出生届けを書きたいんですけど」
マイクを意識して、声を張り上げる。
区役所の職員が丁寧に、記入に必要な事項を教えてくれる。
オレは「わかりました」と書類を受け取り、カウンターでボールペンを手にとった。
一瞬、カミさんが激怒する顔が目に浮かぶ。
しかし、ラジオでのレギュラーを定着させるためには、ハジケなければいけない。
意を決して出生届けに書き込んだ。
萩原ケムール人
オレには、期するものがあった。
出生届けのカウンターに、ふざけた名前を提出した。
もちろんラジオであるから、わざわざ声に出す。
「すいません。萩原ケムール人でお願いします」
職員は顔色ひとつ変えやしない。
正しく記入されているかをチェックする区役所の職員。
「はい、承りました」
「………………」
オレには、堪えきれない沈黙がながれる。
「ちょっと、待って!…
頼むから、ちょっと待って!」
オレの期待ははずれた。
こんな名前で提出しても、受け付けてもらえるはずがないと思ったのだ。
ところが、区役所の職員は「かしこまりました」と涼しい顔をしている。
「えっ、いいんですか?こんな名前でも?」
いてもたまらず、自らクレームを持ち出した。
「だって、ケムールって、ムールって伸びてるんですよ」
別に問題はないと職員はいった。そして真面目な顔でいうのだ。
「お名前というのは、ご両親様のセンスの問題ですから」
オレは、慌てて職員の手にした出生届を奪いかえした。
「すいません。考え直させて頂きます」
萩原ケムール人を、棒線で消して印鑑を押した。
萩原ケムール人
そして、その横に「広空」と書き直した。
なんだか、間抜けな出生届けになってしまった。
オレは、書き直した書類を職員に手渡しながらいった。
もちろん、隠しマイクにとおる声でだ。
「この漢字を使って、「ケムール人」と読むことにしました」
この小男は、なんでケムール人にこだわっているのだろうか?
区役所の職員に、失笑をかってしまった。
そうなのだ、戸籍に登録されるのは漢字だけ。
読みがなまでは、記載する必要もない。
だから、「広空」をどうよもうが勝手であるというわけだ。
実際、オンエアを聞くと、オレが本当に「ケムール人」と出生届けを出したかのように聞こえる。
萩原広空(ひろたか)は、ある一部の人にとっては、
萩原広空(ケムール人)でもあるのだ。
広空も小学5年生。そろそろ物の分別がつく年頃になった。
誕生日おめでとう。
そして、ごめんなさい。