二部屋の居住空間しかない、オレの住む三鷹にある2Kのアパート。
その一室は、家族がくつろぐ居間となっている。
家族そろってテレビも見れば、もちろん食事もする。
夜になれば、オレとヒロタカの寝室だ。
ちなみに、我が家の奥様は、残された一室でスヤスヤと寝息をたてている…。
この居間の入り口に、なぜか大きく「ゆ」と一筆された暖簾(のれん)が掛かっている。
インテリアコーディネーターに見つかれば、一喝もんのセンスである。
もし、我が家にアメリカ人が訪ねてきたとする。
「ニホンノナツハ、シツドガ、タカクテ、イヤデスネ」
そして彼は言うのだ。
体毛に張り付いた不快感を、シャワーで洗い流したいと。
オレは「お好きにどうぞ」と言うだろう。
もちろん、こんなことは実際にないけれど…。
かくして、カタコトの日本語を覚えたばかりのアメリカ人は、バスルームを探すのだ。
そして、そこに「ゆ」の文字を見つけるであろう。
──アリマシタ!バスルーム!
彼は、その場で衣服を脱ぎ捨て、男性自身をブラブラさせて襖(ふすま)を開ける。
夕食のエビフライを、口いっぱい頬張った、妻とヒロタカが、どんな悲鳴を上げようと誰も文句はいえまい。
なぜなら、彼は「ゆ」への扉を開いたのであるから…。
改めて思えば、なんでこんな場所に、「ゆ」の暖簾があるのか不思議だ。
さりとて、日常生活をしていると、この「ゆ」の文字が目に入らないものでもある。
元はバスルームにあった暖簾が、何故この場所に移ったのか?
その理由は定かではない。
妻には妻なりの理由もあったろう。
今さらながらに、そんな細事をネタにしているオレも、これまで気にも留めていなかった。
つまりは、しょせんそんなものなのだ。
言葉には意味があり、その役目を担っている。
どこの温泉街で買ったかも覚えていない、そんなお土産の暖簾であるが、今の我が家にとっては、たんなる暖簾でしかない。
「ゆ」の文字はデザインの一部でしかないのだ。
日頃、なんのきなしに着ているTシャツ。
デザインの一部に、なにやら横書きの文字がある。
ロゴのデザインや、位置にばかり気をとられて、言葉の意味なんて気にも留めない。
工業高校電気科卒業のオレにとって、英語なんてデザインの一部。
そんな認識でしかない。
肝臓移植でアメリカで暮らした一年。
そんな認識のおかげで、なんとも恥ずかしい目にあった。
アメリカにいた頃、着ていたTシャツがある。
その胸には、控えめなサイズで、こんな文字が記されていた。
「WORLD'S GREATEST
GRANDPA」
つまりは、日本語に訳せばこうなるわけだ。
「世界の最も偉大なおじいちゃん」
買った当初、そんなことは知りもしなかったし、何が書かれているかなんて気にもしていない。
Tシャツの色合いと、うるさくない胸元の、横文字のデザインが気に入っただけだ。
このTシャツを着て、病院の待ち合い室で名前を呼ばれるのを待ってたときだった。
隣に座っていたアメリカ人が話し掛けてきた。
彼は驚いたようにいう。
もっとも最初は何を言っているのか、さっぱり解らなかった。
冷静に耳を傾ければ、彼はオレの顔をまじまじと見つめ、こう言ってるのだ。
「お前は、若そうだが、おじいちゃんなのか?」
これには、困った。
オレは、「ノー」と…。
ただ、「ノー」としか言えなかったが、まずは、そのトンデモない勘違いを否定したのだ。
しかし、彼はオレの胸元を指差して、「ここに書いてあるだろう」と、しつこいのである。
オレにとっては、なんの気ない横文字であるが、彼にとっては意味を持った文章である。
彼の驚きもうなずける。そりゃそうだろう、
オレの胸には、誇らし気に記してあるのだから。
「世界の最も偉大なおじいちゃん」
このとき初めて、胸に記された文字の意味に気付いたわけだが、ときすでに遅し。
その場にいた数人の患者に取り囲まれ、英語の話せないオレは、
「イエス」
としか、その場を取り繕う術がなかった。
隣にいた妻が爆笑していた…。
これは余談…。
妻が買ってきたTシャツで、アメリカで人気があるらしい、アニメのキャラクターTシャツがあった。
妻としては、それすら知らずに買ってきている。
ただ、カワイイという理由だけで…。
ところが、このTシャツを着て移植クリニックに行くと、患者仲間からヤンヤの喝采を浴びるのであった。
見知らぬ人にも声をかけられる。
もちろん、何言ってるかわからない。
それでも、なんだか笑いながら別れるのであった。
この理由が帰国してからわかった。
日本でも、このTシャツを着ていた。
ある日、このTシャツがアメリカの移植患者では、すごい反響だったと、『冷やし中華始めました』の高崎と話していたのだ。
高崎は、驚いたようにオレの顔を見ていった。
「そりゃ、やばいでしょハギさん」
「えっ、なんで?」
オレには、その理由がわからなかった。
彼が説明してくれた。
オレの着ていたTシャツのキャラクターは、サウスパークに出てくるアニメのキャラクターで名前を『ケニーくん』。
レギュラー出演者ではあるが、なぜか毎回死んでしまうのであった。
ただ、翌週には何もなかったかのように登場しているわけだが、つまりは死ぬのがお約束のキャラ。
そりゃ、移植仲間が笑ってたわけだ。
いつ死ぬかわからない、そんな闘病生活を送っている移植患者の集まるクリニック。
どこの馬の骨ともわからない日本人が、ケニーくんのTシャツを着ているなんて…、そんな自虐的なギャグはない。
オレは知らずして、すごいブラックギャグを発信していたのだ。
無知って恐ろしい。
ダラスのダウンタウンを散歩していた。
向こうから歩いてくる、ツルッパゲのアメリカ人がいた。
彼の着ていたTシャツに、こんな文字が踊っていた。
「これは、禿げじゃありません。
私にエネルギーを供給する、ソーラーシステムです」
日本語では恥ずかしくて文字にはできないものがある。
それでも英語でなら、なんとなくファッションとして取り込める。
しかし、母国語を理解する者にとっては、
言葉には常にれっきとした意味があるのだ。
タイトルに「PEACE!」とうたえても、「心から平和を願う!」とは、カッコ悪くて言えないのが日本人。
英語はデザインの一部では、決してないのだ。
オレがアメリカにいた頃は、ポケモンブームの真っ盛り。
とくに、日本語のポケモンカードにはプレミアがついていたくらいだ。
オレも、ヒロタカをバイヤーに、一儲けしようと考えたもんだ。
そんなこともあって、クレジットで買い物して、
日本語で「萩原正人」とサインすると「クール!」なんて言われたりもした。
ダウンタウンに行けば。
『兵』と書いたキャップを冠ったヤンキーもいた。
なかには、胸元に『鯖』と書いてある、Tシャツを着ているアメリカ人もいた。
こいつは、何を主張したいんだろうと、母国語を理解するものにとっては、首をひねったのはいうまでもない。
言葉には常に、れっきとした意味があるのだから。