(注) これは、5年前に書いたものです。
去年の夏、デパートでカブト虫を買った。
5才になる息子は大喜びである。
しかし…、大喜びは束の間、ヌカ喜びに変わった。
何故なら、このカブト虫が、たった3日で死んでしまったからだ。
昆虫の王様が聞いて呆れる。あのセミですら一週間は生きるというのに…。
悲しみにくれる息子のため、アパートの庭先に小さな墓標を立てた。
戒名は『馬鹿虫王蝉居士』である。
そして今年も夏が来た。
俺の親父は栃木に住んでいて、友人にクワガタ取りの名人がいる。
「クワガタをもらったんだ。ヒロ君が喜ぶぞ」
親父は嬉しそうに電話をかけてきた。
田舎の祖父から、都会に住む孫へ素敵な夏のプレゼント。
親父としては上出来な心遣いだと思えた。
翌日、妹夫婦がクワガタを連れてやってきた。
わざわざ車で、栃木から来てくれたのだ。
手にしたミカン箱を開けると、形のいいノコギリクワガタがいた。
否、いたなんて生易しいもんじゃない。ウジャウジャいるのだ。
なんと、届いたクワガタ30匹!
「お兄ちゃん、こんなにクワガタどうするの?」
妹はたずねるが、聞きたいのは、この俺だ。
東京生まれの妻と、息子は大喜びしている。俺は栃木の実家に電話した。
お袋が電話にでた。
「正人や、クワガタ虫はとどいたかい?」
届いたどころの騒ぎではない。
親父に文句の一つでも言ってやろうと思ったら、クワガタ取りの名人と一緒に、朝はやくから出かけているという。
「これ以上クワガタはいらない!」
俺は電話を叩っ切ってやった。我が家をクワガタ屋敷にするつもりはない。
妹夫婦に頭を下げた。
「頼むから、25匹引き取ってくれないか」
「すいません兄さん、この年でクワガタはちょっと」
あっさり断られてしまった。
昨日19匹目のクワガタが死んだ。
いまや、誰も悲しむものはいなかった。
カレンダーにしるされたバツ印は、死んだクワガタの数である。
思えば、去年のカブト虫が懐かしい。
たった一匹しかいなかったが、命の儚さを教えてくれた。