家族

 

 週末、栃木県足利市にある実家へ帰省した。
 相変わらず母は元気である。
 数カ月前──、母の乳房にしこりが見つかり「もしかしたら乳ガンかも知れない」と妹から連絡があった。
 即日、検査に行き、今はその結果を待っているとの話しだった。
 昔から、何があってもオレには相談しない母である。
「正人は東京で忙しいから、余計な心配をかけてはいけない」と思っている。
 検査結果は良性の腫瘍で、念のため摘除したそうである。
「おばあちゃん、それは違うよ!」
 孫に叱られながらも、一緒になって遊んでいる。

 父は…。
 狭い部屋に介護ベットが運ばれ、その中でまたひとまわり小さくなっていた。そして傍らには車椅子に、簡易トイレ。
 なんて言葉をかけるべきか、それすら思いつかず、何もしてあげられない自分が情けない。

 そして妹はといえば、オレの介護と移植実現の為に奔走し、それが終われば、父の介護に懸命な毎日。
 一時は、かなり落ち込んでいた妹も、明るさを取り戻しつつあるようだ。
 もう何年も子供にめぐまれなかった妹夫婦に、念願の赤ちゃんができたのだ。この8月は臨月である。

 幼い頃、妹は気が強くオレは弱虫だった。
 母は躾に厳しく、兄妹ケンカをしては叱られ、二人して押し入れに閉じ込められた。
 オレは暗闇が恐くてメソメソしているが、妹はケロリとしている。
「押し入れの中なのに、なんでお兄ちゃんは恐いの?」
 不思議そうに妹がいった。
 二つ年下の妹には、押し入れが効かないと知った母は、夜の暗闇に兄妹を追い出して玄関には鍵をかけた。
 オレは恐怖のために、声を上げて泣いた。
 それでも妹はケロリとしている。
「お兄ちゃんは泣き虫だね」と言ったが、それは違う。
「お前はチビだから鈍いんだ。オレは、お兄ちゃんで色々知っている」
 いつ夜陰に紛れて、人さらいの恐いおじさんがやってくるか、背中に張り付いた暗闇が恐くてしかたない。
 あまりの泣き声に、隣家の新村さんがやってきた。
「もう、許してあげてくださいな」と一緒に謝ってくれた。
 ある夜は、庭の柿の木に縛られたこともある。
 そのときには、友達と読んだ「世界の妖怪」を思い出した。
 どこからか「逆さ男」がやってくるような気がして、気が狂いそうになった。

 その日、妹は母の小言に切れていた。
──また馬鹿なことやって、つまらない説教されてるな。
 オレは、影に隠れてこっそりみていた。
 それからしばらくして、母がなにやら騒いでいる。
「掃除機がない!」と言うのだ。
 妹は、母の怒りの凄まじさにたじろぎ、あっさりと白状した。
「掃除機なら、外に隠してきた」
 母の小言に切れた妹の、ささやかな反撃だった。
「どこに隠したの、今すぐとってきなさい!」
 すぐさま駆け出した妹が、泣きながら帰ってきた。
「なくなっちゃった」
「どこに隠したの!」と母の剣幕の収まる気配はない。
「前の空き地に置いて来た」
「そんなとこ置いてきたら、盗まれちゃったに決まってるでしょ!」
 もう、妹も大泣きしている。
 その時、玄関から声がした。
「すいませーん、新村ですけど」
 その新村さんの両の手は、掃除機を抱えていた。
「これ、そこの空き地に落ちてましたけど…」
 つくづく、新村さんには迷惑をかけている。
 生真面目な母は、なんにでも自分の名前を書いておく。
冷蔵庫から洗濯機に至るまで、全ての物に購入年月日と氏名が記されているのだ。
 その甲斐あって、掃除機は無事戻ってきた。
 しかし、新村さんも不思議だったろう。空き地に掃除機が落ちてるなんて…。

 最後にもう一つ。
 夕げの支度が済み、母の声が居間に響く。
「ごはんですよー」
 お腹を空かせたオレは、テーブルに座るなり、箸を取り上げ「いただきまーす!」と飯にむしゃぶりついた。
 そこへ妹もやってきた。
 テーブルの前に座り箸を持ち上げた。そしてその時、電話がなった。
 妹は立ち上がり、受話器を取った。
 そして…。
「いただきまーす!」
 家族全員が大爆笑だった。

 この夏、小さな家族がひとり増える。
 まさか、あの妹がお母さんになるなんて信じられない。
 どんな家庭を築き上げるのか楽しみである。

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