万引きで捕まった少年が逃げ出した。
駆け付けた警察官の腕を振り切って逃げたのだ。
そして、閉ざされた遮断機に飛び込んだ。
ただ運が悪かった。
少年は特急電車に曵かれて死んでしまった。
少年の犯した罪を見咎めた善良なる店主は、その悲しき結末に堪え切れず、紆余曲折を得たが、ついにその店を閉めてしまった。
店主に罪はないが、それでも心無い中傷もあったようだ。
「たかが万引きに配慮が足りない」
彼は、ただ間違いを正しただけなのに。
オレも万引きで捕まったことがある。
あれは、忘れもしない中学2年生のときだった。
その日オレは部活動をさぼって、友達数人と連れ立って繁華街にあるデパートで遊んでいた。
ゲームコーナーでインベーダーに熱中したり、屋上で隠れてタバコを吸ったり。
オレは不良ではなかった。それでも不良の面白さは知っていた。
彼らの遊びは、いつも刺激的だったから。
オレは、深入りしてはいけないと計算しながらも、彼らに仲間と認めて欲しいとも願っていた。
オレはゲームコーナーで遊興するような小遣いを持たなかった。
仕方なく、レコード売り場を冷やかして歩いた。
そのときに、いわば悪魔のささやきがあったのだ。
当時はCDもなく、売り場に並ぶのは、レコードとカセットテープである。
カセットテープは手のひらにおさまり、それをポケットに仕舞ってしまえば、誰に見咎められることもない。
店員を見れば、あらぬ方向を向き仕事をしている。
(これを万引きして見せたら、みんな驚くだろうな)
ただ、それだけが動機だった。
ポケットに、誰とも知れぬミュージシャンのカセットテープを忍ばせた。
レコード売り場を足早に抜け、ゲームコーナーのあるフロアへ抜ける階段を登った。
そのとき、オレの肩をたたく人がいた。
「ねえ君、そのポケットにあるカセットテープを見せてもらえる」
オレは耳元で聞いたのだ、この世の全てが崩壊する音を…。
警備員は客に紛れ、オレの全ての犯行を見ていた。
もはや言い逃れはできない。
デパートの事務所に連れていかれ、学校と住所氏名を聞かれた。
その場でデパートの職員と警備員に激しく糾弾され、ただそれだけで償いは終わったと思っていた。
釈放されたオレは、ゲームセンターにたむろする友人に、一部始終を話して聞かせた。
まるで武勇伝を聞かせるように…。
その翌日のことである、給食が終わったばかりの昼休みだった。
学校の誰もが耳にする校内放送で、オレは名指しで呼び出しをくらった。
「2年5組の萩原正人、今すぐ生徒指導室にくるように」
その声の主は、生活指導の鬼教師であった。
教室にいた誰もがオレを振り返る。
心密かに、思い染めていたクラスメートも、好奇心に溢れる目でオレを見ていた。
その校内放送を聞いた瞬間に絶望が訪れた。そして羞恥と後悔と…。
オレは、ただうつむいて、涙を隠して生徒指導室へ向かった。
そこには、担任と生徒指導の鬼教師がいた。
どんな小言を言われたか詳細は記憶にない。
「親に連絡しておいたから」
ただ、その一言だけが脳裏に焼き付いた。
当時所属していた剣道部のオレは幽霊部員だ。
それでも、その日は家に帰ることができなかった。
後輩部員を虚ろな思いでからかいながら、それでも暇を持て余して、校庭をぶらぶらしていた。
通りすぎたクラスメートが、オレを見つけていう。
「まさひと、お母さんがおまえを探してたぞ」
このまま死んでしまえればいいと思った。
その夜、父に殴られた。
父は殴りながら泣いていた。
「欲しいものがあったらオレにいえ!オレは、そんなに頼りない父親か!」
父にとっては、悔し涙でもあった。
校長と、担任が家にきた。
デパートへは、あらためて母と連れだって謝罪にいった。
母は土下座して謝罪した。
そんな母のみじめな姿をみて、自分が情けないと思った。
それと同時に、真面目で実直な母を恨めしくも思った。
韓国で、親に叱られて、自殺した少女がいた。
なんと純真で、潔癖な魂よ…。
今でこそ、安穏とした生活を送っている大人も皆、少なからず間違えを犯しながら生きているのだ。
自らの非も認めず、詭弁を弄して己の保身に走る政治家たちの醜さにくれべれば。
間違えたっていいじゃないか。
それを恐れることはない、そこから又、始めればいいんだ。
幼き魂こそ、汚れを恐れず、生きるべきなのだ。
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